
1980年代に社会問題となっていた学校病理に対して、子供たちがのびのびと育つ試みとして始められたキャンプ活動が発展し、現在は泰阜村を拠点として山村留学事業やキャンプ活動事業を行っている。
「暮らしの学校だいだらぼっち」は、都市部の小・中学生が1年間泰阜村で合宿生活をしながら、地元の学校へ通う山村留学事業で、川遊びやハイキング・畑作業・風呂やストーブに使用する薪づくりなど、毎日が素朴な自然体験満載の暮らしだ。
キャンプ活動事業「山賊キャンプ」は、山村留学の入門編で、4日から20日程度の滞在期間だ。ボランティア・リーダーとしてキャンプ活動をサポートする若者は年間300人にのぼり、うち2割ほどが泰阜村での合宿経験者であり、リピーターによって支えられている。
山村留学制度としての活動歴は長く、年間1,300人の交流人口や定住者15名を生み出すなど山村の活性化に効果をあげている。
また、山村留学が一般に経済事業として自立しがたい状況にあって自助努力で成果をあげている点や、地元講師の雇用及び近隣地域からの食材購入などの地産地消は、山村地域の経済的利益を創出するとして高い評価を受けた。

昭和28年ごろ約3千人あった色川地域の人口は、平成3年に600人を割り込んだ。これを契機に、地域の活性化を強力に図る必要性を感じた地元住民と新規定住者らが、色川地域振興推進委員会を結成し、新規定住者や就農希望者の受け入れについてのサポートを組織化した。
新規定住希望者は、旧小学校校舎を改修した滞在型の新規就業者技術習得施設「籠ふるさと塾」で、1年間の入所期間内に農林業実習・体験を通じて地域での生活文化の理解を深め、また、住宅地・農地の確保を行いながら定住するかどうかを判断する。
平成18年4月現在、新規定住者は55世帯144名と色川地域全体人口の30%を超え、消防団員や地元青年会等の役員を務めるなど地域の担い手となっている。
新規定住者の確保に確実な成果をあげていること、特に30代や40代が移住してきたことや、小・中学生の8割強が移住者の子供達であり、移住者である若い世代が地域の担い手となっていることが高く評価された。
移住者が着実に地域での生活ができるように、農林業体験・実習などの研修制度や移住者向けの情報提供も整備されており、PDCAを考慮したプログラムは山村活性化のモデルとして参考になる。

樹恩ネットワークは、母体である大学生協が廃校利用や阪神淡路大震災を通じて山村地域の人々と出会うことによって生まれた。
震災で、徳島県三好郡(現:三好市)の林業関係者らが、大学生協に仮設学生寮として間伐材のハウスを提供し、学生やボランティアはその恩返しに山の手入れを手伝った。この林業体験が、森林環境教育プログラム『森林の楽校』に発展し、全国に広がった。
「樹恩割り箸」は食堂を持つ大学生協と関係をもつ組織ならではの取組みで、三好郡の森林組合等から材料を仕入れ、知的障害者施設(徳島県・埼玉県)で製造をしている。

森林環境教育プログラムを展開する過程で、障害者施設とつながりを持った点が特筆される。 樹恩割り箸は、間伐材の有効活用による山村の産業創出・製造工程における知的障害者の社会参加の促進・大学生協での割り箸利用による学生への環境意識の醸成といった、多角的な社会的効果を考慮した仕組みとなっている点が評価された。

地球緑化センターは、個人・行政・企業・学校など様々な人を対象に「緑のボランティア」を育成・支援する取組を行っている。
その一つである、「緑のふるさと協力隊」は、村おこしを進める市町村に1年間隊員を派遣するものだ。隊員は農林業活動やイベント・観光施設のお手伝いなど、村おこし活動をサポートし、その地域に暮らすことで自己の生き方を見つめる機会を得る。
過去13年間の取組で61市町村に360名を派遣し、うち111名が派遣先に定住している。定住に至らない者でも、派遣後に引き続いて地域おこしに参加し、都市と農山村との橋渡し役として貢献している。
都市から山村に隊員を派遣する事業として長い活動実績があり、将来的に持続的な効果の発現が期待される点が評価された。隊員の平均年齢は25歳で、山村の担い手確保という点だけでなく、社会とのつながりを求める若者等に働く意義を知る機会を提供しているという点でも、取組みの持つ社会的意義は大きい。

尾鷲ヒノキの産地として知られる紀北町とその周辺地域では、地域住民が東京芸術大学と協働し、地域外からの視点で、「木のまち」をイメージできる魅力ある産品を育てるとともに、住民・大学・行政・企業が有機的な連携のもと、地域全体がものづくりを通じて元気になることを目的に、「ものづくり実行委員会」を平成16年に設立した。
東京芸大とのフィールドワークを行い、地域資源の再確認をしたり、魅力ある「もの」づくりの探求を図るなど、「尾鷲ヒノキ」の可能性を模索・研究・実践している。
地域の伝統的な産品である、尾鷲ヒノキの新しい可能性を開く先進的な取組みとして評価された。東京芸大のクラフトデザイン分野との連携が斬新で、ヒノキを単なる建材ではなく、魅力的なものづくり・まちづくりの素材として捉えた取組みは、さまざまな価値観やアイディアを持つ人々の定住化につながる可能性を秘めており、林業地域の活性化戦略として有効に機能するものと期待される。

貯水能力の高い水源林づくりに取組む東予流域林業活性化センターが、川下住民に水源の森づくりボランティア参加を呼びかけ、平成10年に参加者の総意で「石鎚水源の森くらぶ」が設立された。
現在の会員数は273名、これまでに森づくり活動を100回実施し、延参加人員は5千名を超える。事業を始めて8年が経過した活動拠点の森林は、県東部管内の水源林づくりのモデル林的存在となり、平成8年度に2万2千haあった管内の放置人工林は、現在平成17年度末に9千haにまで減少した。また、川下住民と川上住民とが交流を深めるためのイベントを通じて、2名が山村へ定住した。
行政・林業関係者・川上と川下の住民がお互いの役割を理解し共有した上で、体系的かつ協働により水源林づくりを展開しており、こうした活動が周辺の森林所有者の森林整備への意識を高めている。また、川下サイドであるくらぶ主導で交流イベントが開催されるようになっており、川下住民が地域おこしの新たな担い手として活躍している点も注目された。

(株)トライ・ウッドは、森林の持つ多面的機能を保持しながら、森林を守り育てる後継者を育成することを目的に、平成2年に設立された第3セクターである。森林を「育てる」から「使う」まで、一環した活動を行い、循環型社会の実現を目指している。
管理委託を受けた森林から、年間約1万9千uの素材を生産し、約5千uの製材品を生産・出荷する傍ら、ウッドトレーやバーク堆肥の生産・販売も行い、様々なアプローチでの木材利用を実践している。また、林業の現状や森林と人との関わりを理解し、次へつなげる「緑の伝道者」の育成を目的とした、森林体験ツアーも開催している。
林業と林産加工事業による地域経済への貢献は大きく、山村地域における社会的企業の好事例として高い評価を受けた。森林地域の活性化と経済的自立というミッションを意識しつつ、森林地域の環境政策上の重要性等の社会的意義についての理解を推進する活動も忘れていない。

木材の新たな需要と付加価値の創出を産地で行い、川上の一次産業から川下の二次産業・三次産業へと展開するため、諸塚村と耳川森林組合は「諸塚村産直プロジェクト会議」を立ち上げた。
輸送エネルギーへの配慮や地産地消の観点から、住宅供給の対象は九州エリアに限定した。都市住民を木材生産の現場に案内し、山村文化の理解、生産者との交流の場を設ける「木材産地ツアー」・棟上げや完成祝い・完成後の視察研修など、都市住民と山村住民とが交流を深める「顔の見える家づくり」を実践している。
事業規模から勘案して8年間で105棟の販売実績は評価に値し、着実な販売実績が林業産品の販路拡大をもたらしており、山村振興の一つのモデルとなっている。葉枯らし乾燥材の供給システムを確立し、市価よりも高い価格で産直住宅用木材を仕入れる仕組みを作っていることが村の林業活性化に貢献している。